伏見人形

伏見人形   大西重太郎(「朱}創刊号 1967年 所収)


伏見人形は、わが国の土人形の元祖である。各地にみちれる人形のすべてが、この系統をくむといわれる。

 疫病や災難除け、それに福を招く信仰的な縁起ものが多く、白狐や宝珠をはじめ、饅頭喰い、布袋尊、土鈴、柚でんぼ、西行、馬など、その種類は千余におよぶ。饅頭喰い人形は、あるとき、子供に父が好きか母が好きかと問うたところ、持っていた饅頭を二つに割って、どちらが美味いかと答えたという説話にもとづき、賢くなるようにと、これを部屋にかざつたもので、また布袋尊は、あのように大きな腹をもって、いつも笑って暮せるようにとお家の繁昌、夫婦和合の縁起ものとして、これを荒神棚に祀ったことなど、その一つ一つが庶民的な題材を豊かに独創的に表現したもので、その着想の瓢逸、奇抜さ、ユーモアに富むおおらかさと素朴さは、まことに平和な住みよい時代が生んだ庶民の芸術と呼ぶにふさわしい。

2001.11.14  6代目丹嘉 大西重太郎さん(明治44年生)

新春の「午」の絵を描く


 この人形の起源は、古く埴輪から変、古く埴輪から変化したものという。垂仁天皇の頃、土師部の一族が、この稲荷山の近く深草の里に移住して、稲荷山の土をもって「深草土器」を作っていたが、いつしか土人形を造るようになった。伏見人形については黒川真頼の「工芸志科」に、

元和元年、伏見の鵤幸右衛門というものあり、はじめて小児玩具の土偶 人形を造る。時人呼んで人形屋幸右衛門という。その地の工人巧を伝えて今に至る。その造る所の者は、土偶人及び禽獣また祭器に用いる(せん)壷等を製す云云と記されている。が、また近ごろ伏見稲荷大社の御祭神の一神である大宮能売大神の御姿を型どった古い人形がみつかり、その背面に「天正八年正月吉日」とヘラ書きされていたなど報ぜられている。いづれにしても、その推移については、埴輪から土器、土偶と変化して伏見人形となったとするのが最も妥当なみかただと思う。

 江戸時代にはいって、伏見稲荷の信仰が盛んとなり、また伏見街道の往還が発展するにつれ、この街道には伏見人形の店が軒をつらねてたちならび、参詣者の土産物として全国に広まっていった。

▽……「西鶴織留」(注:元禄7年・1694年・井原西鶴著)

 大男の手より取り落したるかはらけの割ども取り集めたらば四五枚ほどもあるべし、これはあやまり稲荷の前なる土鈴の細工人が見出し

∇……「五個の津余情男」(元禄15年・1702年・都の花風著)

 それについて皆さまや 私共が子供の時とは違ひ 今の子供はどいつもこいつも かしこう御座って 猿の木のぼり 土の西行も嬉しがることでは御座らぬ……

▽……「傾城禁短気」(注:正徳元年・1711年・江島其碩著)

 青葉なる藤の森のあたりに住所をもとめて、土細工の狐殿も福の神のつかはしめといへど……

▽……「商人職人懐日記」(注:正徳3年・1713年・著者不明)

 幾度通りてもにくなく階通 土焼の品々 蕃椒の安売 稲荷前の地黄煮和らかに 鈴の音もよいとや……

▽……「それぞれ草」(注:享保4年・1719年・乙州著)

 難波の葉箒売はつねに酒を好みて瓢を腰につけつつ長日箒をうりあさり けるが懐より土の人形二つ取り出し太郎兵衛新兵衛と名を

よび酒の相手にして楽しむ……

▽……「世間手代気質」(注:享保15年・1730年・

江島其碩著)

 稲荷前にて後は土細工の人形をして売り 主の威かりし高慢の鼻もかけたる 土の西行 浮世を かこち顔なる……

 

 等々。当時の浮世草子など、この伏見人形を記したものは数多い。

 ところが、一休禅師をして「西行も牛も、おやまも、何にもかも、土に化けたる、伏見街道」といわしめた、これ程の繁栄も、やがておとづれた欧米文化の波に、漸次、その姿を消していった。明治のはじめ、伏見人形の竈元は六十軒、それが大正には十三軒となり現在は、わずか二軒を数えるに過ぎない。

 いかにも心もとなく、さびしい気もしなくはないが、過去数百年もの永い間、脈うちつづけてきた伏見人形の生命は、今にあっても絶えてはいない。近時にいたって、漸く、この伏見人形に対する関心も深まり、多くの人々から改めて顧られる気運も生まれはじめた。やがては、この人形が、もっともっと多くの人々に、愛され、親しまれて、無言の対話のなかに、人々の心に豊かな安らぎを与える平和なよきときが来ると信じている。

 そして、このように信じられることによってこそ、この道にたづさわる私どもも、ある種の責任感、また誇りといったものを覚えもし、土ねるこの手この仕事にもはりがでるというものである。

 

この文は「朱」創刊号 伏見稲荷大社 1967年 所収の記事として掲載されました。

なお、転載・複製は大西重太郎氏の承諾が必要です。 

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